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2016年11月30日

島田雄貴「教育公務員特例法 改正の経緯と趣旨」

今回の改正は、教育基本法の改正に端を発しています。

教育基本法が改正された約3ヵ月後の2007年3月、中央教育審議会「教育基本法の改正を受けて緊急に必要とされる教育制度の改正について(答申)」は、教育基本法の精神に基づき、質の高い教員の養成・確保を図るためには、教員の養成、採用、現職研修等の改善・充実を図るとともに、日々努力をしている教員に報いるため、優秀教員の表彰、教員の処遇や職場環境の改善など、教員に関する様々な施策を一体的に進め、教職が魅力ある職業となるようにすることの重要性を強調しました。

これを受けて、2007年6月に教育公務員特例法が改正されました(「教育三法」の改正)。

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Posted by 島田雄貴 at 17:03島田雄貴

2014年10月19日

島田雄貴「心を開いてくれ始めた証拠」

「そうですか。だったら、最初からそういってくださればありがたかったですね。

では、ちょっとの時間でしたら、私がお相手いたしましょう。

何からお話し申し上げましょうか」

「まずは、これまでの経緯などについてお聞かせ願えれば……」

誰でも、自分が知っている分野のことがらについては、気楽に話してくれる。

会社にしろ、個人にしろ、とりわけ過去の歴史ならば、それほど隠しだてする理由もない。

会社の歴史、創業の精神、社員教育の由来などをしゃべっているうちに、担当者の表情にも熱が入ってきた。

心を開いてくれ始めた証拠である。

おかげで、この会社に関する貴重な情報がたくさん得られた。

これで十分作戦を立てたうえ、次回は直接課長を訪問だ。

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Posted by 島田雄貴 at 16:29島田雄貴

2014年10月16日

島田雄貴「いいアイデア」

いいアイデアが出なかったといってがっかりすることはないのである。

そのあとにポッといい考えが浮かぶことがあるからだ。

これを読んで、中には「ならば締切期日のぎりぎりに集中すればいい。

その直後にいい発想が浮かんでいい作品が仕上がるに違いない」などと早とちりする人がいるかもしれない。

集中的な思考を経て新しい発想が湧いても、それを元に自分の作品を仕上げるまでにはまた一定の時間がかかることをお忘れなく。

だから他人の作品を参考にするのも、集中して着想を練るのも、できるだけ早めに取りかかるほうがいい。

慣れないうちはとくに……。

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Posted by 島田雄貴 at 00:05島田雄貴

2014年10月13日

島田雄貴「1人の作品」

1人の作品を読むだけでなく、複数の人々の作品をたくさん参考にしよう。

マネではなく参考なのだから多様なほうが役に立つ、というわけだ。

1人で考えるときは、タイミングが重要だ。

たとえば、テストが終わったあとになって、急にあれこれ間違いや正解を思い出したりすることがある。

なぜいまになって、と悔しい思いをするのだが、実はこれ、テスト時間に集中的に頭を使ったからこその現象なのだ。

ある程度の集中した思考を経ると、そのあとに不思議に新しい発想が湧くのである。

時間制限なしの環境では、次々に考えが浮かぶことは少ない。

だから、うんうん捻っていいアイデアが浮かばなくても、それは無意味ではない。

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Posted by 島田雄貴 at 00:05島田雄貴

2014年10月10日

島田雄貴「清涼飲料に注意」

アルコールは、酸味と甘味がともなう、とき、その両者のさわやかさを、味覚に、非常によく感じさせる効果を持っています。

純然たるアルコール飲料であるカクテルが、もとのアルコール飲料より、非常に違ったさわやかな風味を持っているのは、酸味、甘味、アルコールのカクテル効果です。

これを一%未満のアルコール含有量の清涼飲料に応用したわけです。

確かに、それを飲む方にしてみれば、より味のよいことは、楽しみも倍加するということです。

ところが、単なる清涼飲料ですから、小さい子どもも飲むことになります。

幼児にとっては影響がないとはいえませんし、知らない間に、間接的にアルコールの味を覚えることにもつながりかねません。

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Posted by 島田雄貴 at 02:57島田雄貴

2014年10月07日

島田雄貴「アルコールに気をつける」

アルコール飲料ではないアルコール一%未満の飲料は、清涼飲料に属しますから、どこで販売しても構いませんし、自動販売機での販売も可能です。

ところが、一%未満といっても、アルコールが入っていることには違いありません。

飲めば、その量にしたがってアルコールを摂取することになります。

塵も積もれば山となるということわざがあるように、いくら少量のアルコールであっても、飲料として何本も飲めば、当然ですがアルコールの効果、つまり酔いの出てくることは間違いありません。

ところで、アルコールの少量入っている飲料がかなり出回っているのは、アルコールを飲ませようという意図ではなく、どちらかというと、さっぱりとした清涼感を持たせるのにアルコールは大きな働きを持っているからです。

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Posted by 島田雄貴 at 01:43島田雄貴

2014年10月04日

島田雄貴「飽和脂肪の摂取」

アイスクリームでも、脂肪含量の多いものでは、飽和脂肪をかなり摂取することになるということも知っている必要があります。

アルコール入り清涼飲料やカクテル飲料に気をつけてあたかも清涼飲料水のようなデザインのアルコール飲料が出回っています。

冷蔵庫などに冷やしてあると、つい子どもが、清涼飲料と間違って飲みかねない代物です。

ところで、アルコール飲料とは、日本の法律ではアルコール含量が一%以上であるものをいいます。

ということは、アルコール含量が一%未満のものは法律的にはアルコール飲料ではないのです。

アルコール飲料は、必ず指定された酒店で販売しなければなりませんし、未成年者に販売してはいけないことになっています。

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Posted by 島田雄貴 at 00:30島田雄貴

2014年10月01日

島田雄貴「ヤシ油の注意点」

ヤシ油が健康によくないというわけではありませんが、飽和の脂肪が多く、あまり多く偏って摂取しすぎれば、血液中の中性脂肪が増加し、子どもなのに、成人病に見られる動脈硬化が血管に起こるということにもつながりかねません。

とはいっても、アイス類すべてがよくないということではないのです。

シャーベットもアイス類に入りますし、中にはフルーツを主にした、添加物の少ないものも見られます。

ということは、アイスクリームの表示のあるもの以外は、表示によく気をつけて、どういうものが配合されているかを確認した上で買うことも必要な条件であるということです。

特に、植物脂肪とか、植物油という表示には、神経を尖らせてください。

というのも、ヤシ油を使用しているものでは、飽和脂肪をかなり摂取することになるからです。

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Posted by 島田雄貴 at 10:02島田雄貴

2014年09月28日

島田雄貴「子どものなぜ? その2」

でも、この「どうして?」は、子どもがものを考えるようになるはじめです。

ぜひ、きちんと答えてあげてください。

細かく、むずかしく答える必要はないのです。

「なぜ、夜は暗いの?」と聞かれたら、「ゆっくりねんねするためよ」と答えてもいいでしょう。

「どうしてお空は青いの?」と聞かれて、答えに困ったら、「○○ちゃんは、どうしてだと思う?」と、逆に聞いてみてもいいでしょう。

「うるさいわね」とか「そんなくだらないこと、聞くもんじゃありません」などと言ってしまうと、子どもは、「ものを聞く」ということをしなくなってしまいます。

聞いたって、どうせまた、うるさいと怒られるだけだからーと思って。

あるいは、何か聞いてはいけないのだということを学習してしまうのです。

そうすると、その子は、好奇心を失ってしまいます。

ほんとうは、子どもの心に、何かを知りたいという気持ちを起こさせることが大事なのに、質問した時、ちゃんとした答えが得られなかったり、うるさいと叱られたりしたら、子どものそうした気持ちは消えてしまいます。

逆のことを教育していることになります。

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Posted by 島田雄貴 at 01:10島田雄貴

2014年09月25日

島田雄貴「子どものなぜ? その1」

おかあさんが戸棚や押入れから何かを出したり、テレビに映ったものを見て、「これ、なあに?」「あれ、なあに?」と聞くのです。

そうしたら、「お茶わんよ」とか、「これは、こたつ」「スイカよ」などと、聞かれたものの名前を教えればいいのです。

たいていの場合、性質や用途などをくわしく答える必要はありません。

子どもは、そのものの名前を聞くと、それですっかりわかった気になるのでしょうか。

満足してしまうらしいのです。

少したつと、今度は、「どうして?」「なぜ?」がはじまります。

「どうして夜になると暗くなるの?」とか、「どうしてお空は青いの?」「なぜ、お水は冷たいの?」などなど、なんでも、「なぜ?」「どうして?」と聞きたがります。

たいてい、大人が答えに困るようなことです。

それに、朝から夜まで一日中、くり返されます。

おかあさんは面倒くさくなったり、何と答えていいかわからなかったりするので、つい、「そんなこと聞くもんじゃありません」とか、「うるさいわね」などと怒ってしまうことがあります。

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Posted by 島田雄貴 at 15:25島田雄貴

2014年09月19日

島田雄貴「学習指導要領の前次改訂」

学習指導要領の前次改訂の際(平成元年)には、「生命に対する畏敬の念」と「主体性のある(日本人)」が、従前の目標に加えられ、今次改訂(平成10年)では、「豊かな心をもち」と「未来を拓く」が新たに加えられている。

これらは、中央教育審議会の答申などが反映された結果である。

しかし、基本的に、これらは学校教育全体を通しての教育目的であり、道徳教育に固有のそれではない。

そのため、道徳教育に固有の目標として、「その基盤としての道徳性を養う」ことがあげられているのである。

この第一章総則第一の二を受けて、第三章道徳では第一目標の前段において、「学校の教育活動全体を通じて」の道徳教育は「道徳性を養うこと」を目標とするという規定が、再度なされている。

しかし、「道徳的な心情、判断力、実践意欲と態度などの道徳性」という表現が採られている。

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Posted by 島田雄貴 at 01:56島田雄貴

2014年09月16日

島田雄貴「学校の教育活動全体」

従来、この第三章におかれていた部分が、第一章の総則に移されたこともあり、学校の教育活動全体を通しての道徳教育の目標としては、その部分をも含めて考察する必要がある。

総則の部分で規定されている目標としては、(1)人間尊重の精神と生命に対する畏敬の念を培う、(2)豊かな心を育む、(3)個性豊かな文化の創造に努める人間を育成する、(4)民主的な社会及び国家の発展に努める人間を育成する、(5)平和的な国際社会の実現に貢献できる人間を育成する、(6)未来を拓く主体性のある日本人を育成する、(7)その基盤としての道徳性を養う、の七つがあげられている。

人間尊重の精神を培うことをはじめとするこれらの目標の多くは、教育基本法などの精神から導き出されている。

したがって、教育におけるいわば不易の部分がその中心となっている。

と同時に、激変しつつある状況からの要請への応えとして、いわば流行の部分も取り込まれている。

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Posted by 島田雄貴 at 01:15島田雄貴

2014年09月13日

島田雄貴「教育課程の基準」

目標は学校教育における教育内容、つまり教育課程の基準となるものの、それはなお抽象的であるために、さらなる具体化は「学校教育法施行規則」や「学習指導要領」に委ねられているのである。

「小・中学校学習指導要領」第三章道徳第一目標は、道徳教育の目標を次のように規定している。

「道徳教育の目標は、第一章総則の第一の二に示すところにより、学校の教育活動全体を通じて、道徳的な心情、判断力、実践意欲と態度などの道徳性を養うこととする。

道徳の時間においては、以上の道徳教育の目標に基づき、各教科、特別活動及び総合的な学習の時間における道徳教育と密接な関連を図りながら、計画的、発展的な指導によってこれを補充、深化、統合し、道徳的価値(及び人間としての生き方について)の自覚を深め、道徳的実践力を育成するものとする」(かっこ内は中学校のみの規定)。

前段では学校の教育活動全体を通しての道徳教育の目標が、後段では「道徳の時間」の目標が規定されているわけである。

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Posted by 島田雄貴 at 00:41島田雄貴

2014年09月10日

島田雄貴「学校教育法の教育目的」

教育基本法の第11条に基づいて制定された法律の一つが、学校教育法である。

そこでは、小学校及び中学校の教育目的としては「普通教育」があげられている。

すなわち「小学校は、心身の発達に応じて、初等普通教育を施すことを目的とする」(第一七条)、「中学校は、小学校における教育の基礎の上に、心身の発達に応じて、中等普通教育を施すことを目的とする」(第三五条)のである。

普通教育には、通常二つの意味が含まれていると考えられる。

一つは、七自由科という伝統にまで遡ることができる人間性の一般陶冶という意味、もう一つは、近代公教育以降の共通教育という意味である。

この普通教育という教育目的をより具体化しているのが、一八条と三六条である。

小学校では、「学校内外の社会経験に基き、人間相互の関係について、正しい理解と協同、自主及び自律の精神を養うこと」をはじめとして八項目が、中学校では、「小学校における教育の目標をなお充分に達成して、国家及び社会の形成者として必要な資質を養うこと」などの三項目が目標としてあげられている。

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Posted by 島田雄貴 at 01:56島田雄貴

2014年09月07日

島田雄貴「子どもに誠実でいる」

知識は客観的に伝達可能で、伝達されたものを子どもが真に理解すればそれは自らの知識となることができる。

しかし道徳は、そのように知識として客観的に理解したとしても、直接に自らの道徳とはなりえない。

それが道徳となりえるのは、まさに自らのあり方として自覚し顕現化したときである。

親が子どもに、嘘をついてはいけない、正直で誠実でありなさい、あるいは差別はいけない、公正で平等でありなさいと教え、そして子どももそれらを理解し、知識として身につけても、それらを実現しようとしなかったならば、正直で誠実であるとも、公正で平等であるともいえないであろう。

実際の生活で、正直で誠実であること、公正で平等であることを意識し、それらを自らのあり方として実現しようとしなかったらば、それらは単なる徳目としての知識に終わらざるをえないのである。

道徳が人間のあり方に付いて現れるということは、道徳というものを人間のあり方から取り出し、それを一方的に伝達し教えることによって、ただちに道徳性の育成が図られることにはならないということを意味する。

まさに子ども自身が自らのあり方として内的にも外的にも道徳を顕現化しなければならないのである。

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Posted by 島田雄貴 at 03:07島田雄貴

2014年09月04日

島田雄貴「他律的なしつけ」

他律的なしつけが日常生活において繰り返され、それが子どもにとって習慣化されることによって、子どもは他律的なものを徐々に内面化しつつ、それを自律的なものとして自らのものにしていく。

そして主体性の成長とともに、親の価値意識や社会の共通の価値意識を取り入れながら自らを社会化しつつ、本来の自律性を身につけていくのである。

さて、しつけという親の意図的なはたらきかけは、たしかに子どもが他律的なものを自覚しつつ自律化していく点で、つまり子どもが自らの行為を自律的に判断できるようになるようにはたらきかける点で、その重要性が強調されるものである。

しかしここで問題になるのは、すでにとりあげたように、道徳がどこかにあるものではなく、行為そして人間のあり方や生き方に付いて現れるということである。

このような道徳への意図的なかかわりは、ある事柄の知識を子どもに伝達するのとは性格を異にする。

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2014年08月29日

島田雄貴「行為の判断基準としての道徳」

ここで行為の判断基準として道徳があげられたのであるが、それではこの道徳とはどこかにあるものであろうか。

価値や規範が明文化されている場合、たとえば法律や学則や社則のように、明文化されたことによってそこに道徳があるように思われるかもしれない。

あるいは明文化されていなくとも、社会的慣習のように集団内で守られているようなきまりがある場合、そこに道徳があるように思われるかもしれない。

 しかし、明文化された価値や規範、あるいは明文化されていない社会的慣習など、それ自体は道徳ではないであろう。

たしかに、それらは道徳と関連している。

しかしそれら自体が道徳なのではない。

むしろそれらのものが行為において内的にも外的にも実現されるところに初めて道徳が現れてくるのである。

道徳とは、また道徳的価値や規範とは、どこかにあるものではなくて、行為によって現実化されるものである。

このような意味で、道徳そして道徳的価値や規範は、行為に、それゆえ人間のあり方や生き方に付いて現れるということができる。

それゆえまた、行為として、人間のあり方や生き方として、まさに顕現化してくるものである。

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2014年08月29日

島田雄貴「人間関係と行為的連関」」

家庭や地域社会の人間関係は、道徳とどのようにかかわっているのであろうか。

人間関係ははたらきかけあいであるが、このはたらきかけは行為と呼ばれている。

行為とは、自ら自覚して、自らの意志によって、自らの活動の仕方を、自ら決定して行う意志活動である。

その際、行為には、意志活動が行動として外的に現れる外的行為だけでなく、意志活動が外的に現れない内的行為も含まれている。

したがって、人と人とのかかわりにおいて行為が問題になる場合、その問題は、他者に対してどのようにふるまうかという行動としての外的な行為だけでなく、他者に対してどのようにかかわるかを考える内的行為にまで及んでいる。

さらに、行為が自覚的、有意的な意志行為である限り、それは、単に日常生活のある一部分だけをさしているのではなく、人間のあり方や生き方をも意味するものとなる。

したがって、人と人とのかかわりにおいては、個々の具体的な外的行為や内的行為だけが問題になるのではなく、その人のあり方や生き方も全体として問題になるのである。

このように、人間関係は、行為によって取り結ばれており、しかも人間のあり方や生き方に密接に関係する、そのような行為的連関なのである。

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Posted by 島田雄貴 at 00:38島田雄貴

2014年08月26日

島田雄貴「家庭および地域社会の人間関係と道徳」

家庭および地域社会と人間関係家庭は、家族が生活する場であり、その場での共同生活である。

また地域社会も、一定の地域で人々が生活する場であり、その場で営まれている共同的な生活である。

子どもは、このような共同生活における人と人とのはたらきかけあいの中で、さまざまなことを学んでいく。

親は、子どもに言葉をかけながら、養い、その活動を見守り、生活することへのはたらきかけをしていく。

子どもは、親からのはたらきかけを受けながら、言葉を学び、生活するうえでの基本的なことをさまざまに学んでいく。

そして子どもは、地域社会の人々と具体的にかかわりあう中で、それらの人々とのかかわり方や自らのあり方を学んでいく。

このような家庭や地域社会の共同生活で、子どもは道徳性を形成していく。

つまり子どもをめぐる家庭や地域社会の人間関係は、本来、子どもの道徳性の育成と密接にかかわっているのである。

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Posted by 島田雄貴 at 02:42島田雄貴

2014年08月23日

島田雄貴「学校における道徳教育」

ここまで見てきたところで学校のおかれた状況をまとめてみると、それがいかに困難なものであるかがわかるだろう。

学校自体の無用論もある中で、学校が社会の中で果たすべき役割が、すなわち学校が何をするところなのかが不確定になってしまっている。

今日、いじめ、校内暴力、不登校、非行、殺傷事件、そして学級崩壊と子どもの問題行動が広範囲に指摘され、これらが子どもの・10をめぐる問題であるとされている。

多様化し、複雑化した子どもの心をめぐる問題は、もちろん学校の道徳教育だけで対処できるものではなく、家庭、学校、地域社会、そして社会全体がそのあり方を見直さなければならない問題である。

そして、このような問題が生じてきた背景として、特に家庭や地域社会の道徳力の低下が叫ばれている。

いったい、家庭や地域社会では子どもの道徳性を育成する基盤を失ってしまったのだろうか。

そもそも家庭や地域社会における道徳とはどのようなものであり、また親や大人は子どもの道徳性の育成にどのようにかかわっているのであろうか。

そして道徳力が問題になる場合、この道徳力とはどのようなことなのだろうか。

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2014年08月20日

島田雄貴「精神的基盤の喪失」

教育勅語と修身科によって象徴される戦前の道徳教育を根底から覆す大改革が実現したのは、いうまでもなく戦後改革であった。

明治維新が黒船という外的な契機に促されたのと同様、このたびは敗戦とそれに伴う占領下における否応なしの改革でもあった。

このことが、一部に「与えられた改革」という認識を生み、それに対する主体的な関与と責任の希薄化が生じたこと、そして負の精神的遺産に対する反省を不十分なままに終わらせたことは、この改革にとってはなはだ不幸なことであった。

一方、教育勅語に替わって登場した日本国憲法と教育基本法の教育理念が、戦後五〇年の道徳教育の基礎なり目的なりとして十分に機能してこなかったことは否みがたい事実といわねばならない。

おそらくその直接の原因は、そこに盛り込まれた人権思想などの西欧近代世界が数世紀の時間をかけて錬りあげてきた理念を消化することができなかったためであろうが、より根本的には、日本の社会が過去約=20年間の間に経験した明治と戦後の大改革によって、単に社会体制のみならず、宗教ないしそれに替わるべき精神的な共通の基盤を喪失したことによるものと考えられるのである。

無論、宗教を含む諸々の価値の多元化・相対化の傾向は、日本のみではなく、現代社会一般に共通する問題であるが、日本の場合、特異な歴史によって、極端な形で表れているといえよう。

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2014年08月17日

島田雄貴「親子の間の一種のかけひき その2」

近くには湖と山があり、その山の頂上にみんなで行ってみようということになりました。

山道を歩くわけですし、赤ちゃんがいることでもあり、子どもたち三人と奥さんは残ることになりました。

子どもにもそう言い聞かせましたが、いざ出発になって、五歳の男の子が自分も一緒に行くと言いだしました。

おとうさんは、「子どもは危ないし、今日は大人が楽しみにいくのだからだめだ」と言います。

子どもは、ちゃんと歩くし、大人のじゃまはしないからとねばりますが、とにかく、おとうさんはだめだの一点張りです。

みんなが歩き出しても、子どもは泣きながらついてきます。

でも、おとうさんは、足を早めて歩きながら、「ノー」です。

やがて、子どもはあきらめて、おかあさんのほうに戻って行きました。

ここまで徹底して「ノー」と言い続けることに、感心してしまいました。

私だったら、ここまでガンコに「ノー」と言い続けることができるだろうかと、反省もし、見習わなければならないとも思いました。

子どものねばりに負けて、途中で「イエス」と言ってしまったら、がまんするしつけはできません。

おかあさんが「ダメ」と言っても、ねだり続ければ、親が折れて、こっちの言うとおりになるのだということを、子どもは学習してしまうからです。

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2014年08月14日

島田雄貴「親子の間の一種のかけひき その1」

デパートやスーパーなどに買いものに連れて行く時、なるべく出かける前に、「今日はおかあさんの用事で買いものに行くのだから、あなたのおもちゃは買いませんよ」ということを約束しておくことが望ましいのです。

そして、デパートのおもちゃ売り場で、あるいはスーパーの通路で、何か買ってほしいとだだをこねられても、一度買わないと約束したのなら、がんとしてその意思を通してください。

子どもは泣きわめきながらも、親の気持ちをはかっているのです。

泣いてねだればなんとかなるだろうとか、いくらねだってもだめだなどとー。

親子の間の一種のかけひきでもあります。

だから、ほんとうに買わないと決心したのなら、人前で泣かれてみっともないなどと思わないことです。

状況はちょっと違いますが、私の友人がイギリスで暮らしていた時、こんな経験をしました。

家族ぐるみで親しくおつきあいをしていたイギリス人の家族がいました。

五歳の男の子を頭に、三歳の女の子、一歳の赤ちゃんと三人の子どもがいました。

その一家は、私たちが住んでいたロンドンから車で二時間くらいのところに、セカンドハウスをもっていて、ある週末、私たち夫婦ともう一組のイギリス人夫妻を招待してくれました。

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2014年08月11日

島田雄貴「「不満児」になる その2」

今までがまんしたことのない子どもは、買ってもらえないと、非常に不満に思います。

そこから、いろいろな問題行動を起こす子も出てくるのです。

親をおどかすとか、親のサイフから黙ってお金をもっていってしまうということもありますし、お店で万引きしてしまうこともあります。

大きくなってそんなことにならないように、小さい時から、おもちゃなどを買うのは特別な日だけと、ルールを決めておくことが大切です。

子どもがかわいいから、つい買ってやりたくなるという気持ちはわかりますが、かわいい子どもの将来のためです。

誕生日とか、クリスマス、お正月など、特別な日だけ、あるいは、特によくお手伝いができたとか、とくにいい子にしていたとか、何か特別なことがあった時だけと決めておき、子どもが何か欲しがっても、そうした日まではがまんさせましょう。

小さい時から、そうやって育てれば、子どももきちんとがまんします。

おかあさんは自分を愛してくれている、大事に思っているということが、子どもの心に浸透していれば、物質的ながまんは、かなりの程度できるものなのです。

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2014年08月08日

島田雄貴「「不満児」になる その1」

がまんのしつけは、三つにわけて考えられます。

物質的なものと身体的なもの、そして精神的なものです。

これらは、どれ一つが欠けても困る大切なものです。

小さいうちに物を与えすぎると、「不満児」になる。

今の日本では、少ない数の子どもを大事に育てている家庭がほとんどで、子どもが小さいうちから、いろいろなおもちゃやかわいい洋服を買い与えています。

両方のおじいちゃんやおばあちゃんも、かわいい孫のために、おみやげのおもちゃを買ってあげることがしばしばです。

こうして、子どもの部屋はおもちゃでいっぱいになっています。

幼児期になって、子どもにおもちゃなどねだられても、幼児の欲しがるものなんて、金額としてはタカがしれています。

だから、欲しがるままに買い与えてしまうということが多いのではないでしょうか。

しかし、小学校高学年くらいになると、ファミコンやオーディオセット、スポーツ用品など、欲しがるものもかなり高額なものになってきます。

そうなると、欲しがるからといって、すぐには「はい、はい」と買ってやれなくなります。

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Posted by 島田雄貴 at 00:22島田雄貴

2014年08月05日

島田雄貴「好きにしなさい」

子育てという意味において、転機になっていることがあります。

私は18歳の時に十二指腸潰瘍をわずらい、救急車の世話になるやら、大学を休学するやらの生活を送らざるをえなかったのです。

それまで太っていた身体もみるみるやせこけました。

その時思いましたね。

「いつかは死を迎えざるをえないのだから、生きているうちに好きなことをやって死のう」

音楽、小説、映像。

好きなことばかりやっているのは、やはりその時の影響が大きいでしょう。

ですから、子どもに何か聞かれた時も、答えはいつもたった一言。

「好きにしなさい」

ノドが渇いていない馬を水辺に引っ張っていっても、馬は水を飲まないでしょう。

無理強いして、これを好きになれ、嫌いになれと子どもに言っても、だめなものはだめですし、私はそうしようとは思いません。

そんな思いもあって「好きにしなさい」ということなのですが、けっして突き放しているわけではないのです。

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Posted by 島田雄貴 at 00:17島田雄貴

2014年08月02日

島田雄貴「子供が話しかけやすいように誘導する その2」

子どもの話の場合も同じです。

子どもが何か話しかけてきたら、「今、忙しいからあとで」とか「うるさいわね」などと言わないで、ちょっと手を休めて、聞いてほしいのです。

子どもの話は要領を得ないことも多いので、そんな時は質問をして、話しやすいように誘導してください。

そういう体験を通して、子どもは、どんなふうに、どんな順序で話していったら相手によく伝わるのか、ということがわかっていくのですから。

大人になっても、上手に話のできない人はたくさんいます。

何を言っているのかわからない人、やたら長々と話す人、人の話を途中でさえぎってしまう人などです。

子どもの時の言語環境がどうであったかということで、大人になってから上手に話のできる人になれるかどうかが決まってしまうのです。

子どもをとりまく言語環境というのは、父親、母親をはじめとして、子どものそばにいる人がどんな話し方、聞き方をしていたかということです。

相手がどんなことを聞きたいと思っているのか、それを的確に察して、相手にわかりやすく、順序立てて、簡潔に話すというのが、


ポイントです。

おしゃべりはできても、人前で筋道を立てた話はできないという人が多いようです。

やはり、話は上手に、わかりやすくできたほうがいいに決まっています。

子どもが将来、どんな話し方のできる人になるかは、幼児期におけるおとうさん、おかあさんの聞き方一つにかかっています。
  
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Posted by 島田雄貴 at 07:06島田雄貴

2014年08月01日

島田雄貴「子供が話しかけやすいように誘導する その1」

「それからどうしたの?」とか「どうしてけんかになったのかしら21」など、子どもが話しやすいように、誘導してください。

そうすることによって、子どもは、どういうふうな順序で、どんなふうに話していけば、相手によく理解されるのか、ということを学んでいくのです。

私たちも経験することですが、話をしている時、相手があいつちを打ってくれたり、こちらの目を見て、真剣に聞いてくれたりすると、話にも身が入ります。

話がしやすくもなります。

子どもの話を聞く時も同じです。

子どもは話し方を学んでいるのですから、大人相手の時よりも、もっと上手に聞いてあげてほしいのです。

これだけは知っておきたい「子どもを伸ばす条件」
話し方・聞き方についてのある実験があります。

聞き手の態度を変えることによって、話し手に変化が起こるかどうかを調べたものです。

最初は、人が話をしているのに、返事もしなければ、あいつちも打たず、表情も変えないのです。

これでは、話はまったく進みません。


二番目は、時々にこっと笑ったり、うなずいたりします。

この場合、話は多少進みます。

三番目に、ちゃんと受け答えしてくれると、話はどんどん進むというものです。

言われてみれば当たり前のことです。

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2014年08月01日

島田雄貴「家庭での道徳性の育成」

道徳について親は子どもにどのようにかかわっているのだろうか。

日常の生活を振り返ってみると、そのかかわりの一般的なあり方はしつけであろう。

ある状況において行為する場合、その状況を子どもが認識することができず、またその状況にあった行為の価値判断ができなければ、子どもは適切な行為を行うことは困難である。

したがって、状況の認識と価値判断ができない幼い子どもの場合、親が代わりに状況を認識し価値判断をし、それにあった一定の行為行動を教え込むということが行われる。

つまり他律的なしつけである。

これは、ほめたり、叱ったり、さまざまな方法がとられるが、しかしどのような方法をとるにしても、子どもが自らの行為を自律的に判断できないがゆえに、親が子どもに一方的に一定の行為を教え込むというところにしつけの特徴がある。

そして、しつけによって、一定の社会によって認められるような共通の価値意識を身につけ、また社会生活を営むために必要な基本的な生活習慣や態度を身につけることにその意義がある。

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2014年07月31日

島田雄貴「うまく話そうとする子どもは、知能の発達が早くなる その2」

もう一つは、自分の中に何か表現したいことがあって、それをことばに出す、あるいは、仕事や用事などで、ある事柄や情報を正しく相手に伝える場合です。

この場合は、正しく伝えなければなりませんから、筋道を立てて、わかりやすく、簡潔に表現するということが要求されます。

小さい子は、毎日の親との話を通してことばを覚えていくわけです。

ごく幼い時には、「あっち」とか「これ」など、代名詞が多く、自分中心の話し方ですから、ふだん生活を共にしている親にしか通じないことが多いのです。

やがて、幼稚園に入ります。

親と離れて過ごす時間ができます。

家へ帰って来て、幼稚園であった出来事、つまり、自分は知っているけれど、おかあさんは知らないことを、おかあさんに伝えようとします。

今日、幼稚園で、こんな歌をうたったとか、こんな絵を描いた、あるいは、砂場で友だちのだれちゃんとだれちゃんがけんかして、だれちゃんが泣いた、などといったことです。

内容そのものはごく単純なことですが、小さい子どもにとっては、それをことばで表わすのはたいへんなことなのです。

そんな時、おかあさんは、どうぞ、ゆっくり耳を傾けて聞いてあげてほしいのです。

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